ナビ番号:417 正法寺跡
わたくし、ぎふ・いざないびと、土岐頼康がご案内申し上げよう。
わしは、南北朝時代の美濃国・第3代守護である。この寺は14世紀中頃、わしの本拠地である革手城の北に建立した寺で、禅宗五山派(法燈派)の寺院である。15世紀の中頃には、京都の禅宗寺院のように三門、本堂、法堂(はっとう)が並ぶ大伽藍を誇り、また、応仁の乱により一条兼良・雪舟等楊(せっしゅうとうよう)などの当代一流の多くの文化人がこの地を訪れ、文化の花が開いたのじゃ。明応4年(1495)、わが家の相続争いから発展した船田合戦が始まると、寺は戦場となり、結局、土岐氏の衰退と共に衰微し、現在は「薬師堂」が往時を偲ばせておるのじゃ。
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