サプライズな練習は、急な事態に対応するため。観覧船船頭の訓練に潜入してみた

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ページ番号1029245  更新日 令和6年10月24日

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【連載第3回】サプライズな練習は、急な事態に対応するため。観覧船船頭の訓練に潜入してみた

前に二人、後ろに一人。3人の船頭さんが力いっぱい観覧船を棹で漕いでいるけれど、船はちっとも前に進まない。船の中から「おーい、進んでへんぞー、頑張れー」と声がかかる……。

 

今年6月14日、鵜飼観覧船船頭を対象とした養成講座を取材しました。

この講座は、市指定無形民俗文化財にもなっている「長良川鵜飼観覧船操船技術」の継承を目的に行われているもの。今年度は現役の観覧船船頭に向けて、日ごとに参加対象者や内容を変えながら行われました。

この日の参加対象者は、今年の秋に「本番試験」という、見習いから一人前となれるかを見極める試験を受ける予定の、船頭歴2年目ほどの皆さんと、本番試験に合格し、さらに上級へのステップアップを目指す3級船員の皆さん。1年目の新人が対象の日よりもレベルアップした内容です。

観覧船の運行管理者自ら指導

訓練を行う観覧船に、私たちも一緒に乗せていただきました。

最初に乗った船にいたのは、本番試験を控えた船頭のお二人、そして運航管理者の神山聡さんです。

今年4月から、予測水位や気象情報などを見ながら、鵜匠とも協議してその日の鵜飼をどのように行うか決める運航管理者となった神山さん。自ら船に乗る姿は、今となってはとてもレアですが、もともと高い技術を持つベテラン船頭です。

「Aくん、替わるわ」と、観覧船のとも(後ろ)で棹を差すところを見せる神山さん。ともで棹を差すときのポイントは「舵を取ることを一番に考えます。足の位置を固定させて、ふた板に対してまっすぐ棹を差すと、船がふらふらしないので、力は必要だけれど楽に差せます」。

ふた板に乗る神山さん
運航管理者の神山聡さん。神山さんが乗っているのが観覧船の「ふた板」

神山さんの棹さばきをじっと見ていたAさん。「無駄な動きがないです。自分はどうしようかと考えていて、一手遅れてしまうことがありますが、神山さんは迷わずに棹を差しています」と話していました。

続いて、櫂にも挑戦したAさん。棹よりも難しいため、船が進んでいるときに櫂に触るのは初めてだそう。「体重移動が難しい」というAさんに、神山さんは自らの姿を見せます。船を前進させるときに使う「もじり櫂」。櫂の先を8の字を描くようにして漕ぎ、船を前へ進める技です。

もじり櫂

他の訓練船でも「もじり櫂」を練習しているのが見えました。訓練中の皆さんと比べると、やはり指導役のベテランの皆さんのもじり櫂は、腰が落ちていて、かける力がしっかりと櫂に伝わっているのがわかります。

一人前への関門「越し切り」

その後、神山さんの計らいで、別の船でも取材させていただくことに。そこに乗っていたのは3級船員の3人と、指導役の後藤秀明さん。さらに、観覧船船頭を8年務め、現在は鵜舟の船頭である今井翔佑さんも加わっています。

越し切りの練習

この船では「越し切り」を練習していました。越し切りとは、左岸から右岸、右岸から左岸へと川を横切ることです。難しい技の一つで、「本番試験」では、これを前乗りととも乗りの二人で行う課題が出されます。

3級船員の皆さんが二人ずつで挑戦。何とか成功しましたが、とても疲れた様子です。船を川岸に停めて休憩を取ることになりました。

後藤さんは「最初の5mくらい力を入れれば、あとは進んでいくから」とアドバイス。「つまり、流れの速いところを過ぎるまで力を入れるということ」と今井さんが補足します。

お客様がいないときだからこそ

休憩をはさみながら何度か越し切りの練習を行い、今井さんは他の船に移動。左岸で休憩した後、後藤さんが「今度は、上れるだけ上ってみよう」と声をかけました。3級船員の二人が前に、一人がともについて、棹を使いながら川を上っていきます。

順調に進んでいましたが、しばらくすると船がなかなか進まなくなりました。流れの速い、「瀬」と呼ばれる場所に着いたのです。

普段、この場所はエンジンのついた警備艇が引っ張って上っています。3級船員の皆さんにとって、人力で上るのは初めての経験。悪戦苦闘していたのが、記事冒頭の場面です。

へとへとになってきた3級船員の3人。交代してともについた後藤さんが、川の流れが船の正面から当たるように舵を取ると、船は少しずつ進み始めました。流れに対して船が斜めになり、側面に流れが当たると、より抵抗が大きくなるのです。

ともで舵を取る後藤さん
ともで力いっぱい舵を取る後藤さん。

前で竿を使う後藤さん

後藤さんは前乗りとも交代してお手本を見せました。腰を入れて棹にしっかり力を乗せます。

 

訓練後、後藤さんにこの練習の意図を尋ねてみました。

「瀬を上る感覚を身につけてほしいと思って。もし警備艇とつないでいるロープが途中で切れたら、人力で漕がないといけない。その経験をしてほしかったのです。お客さまを乗せていたら、こんな練習はできないからね」

そう、観覧船の船頭は、普段お客様を乗せているときに使う以上の技を身につけておく必要があるのです。そうでなければ、急な事態が起こったときにお客様の安全を守る対応ができません。そのために、この日のような、お客様を乗せていないときの訓練も必要なのです。

急な事態に対応する訓練は継続的に行われています。今年の4月、鵜飼シーズンが始まる前には、参加する船頭たちに事前に設定を知らせない訓練が行われました。

当日は、まず竜巻注意報が発令され、観覧船を岸に停泊させたまま行う「付け見せ」に変更するという連絡が。さらに、風が強くなったため鵜飼を中止し、観覧船の頭を岸につけ、錨を下ろしてその場に待機することになりました。

各船の船長を務める船頭が、若手の船頭に錨の下ろし方を指導。ロープをピンと張りながら地面に刺し、石を乗せて固定する練習を行いました。

錨の固定

錨の固定2

また、船頭の技術力向上にも普段から取り組んでいます。

今年からは、「総がらみ」のときに右岸に係留していた観覧船を、警備艇で牽引してのりばまで戻るのをやめ、原則として人力で越し切りをして戻るようにしています。

コロナ禍で船頭が少なくなったときのやり方が当たり前になっていましたが、船頭が越し切りの経験を積み、技術の向上につなげられるようにしたのです。

「私たちはお客様の命を預かっています。何か起こっても、船頭に技術があれば、大きい事故になるのを防ぐことができるのです。いざという時の危険回避のためにも、技術向上に力を入れています」と神山さんは話します。

船頭の技術が上がれば、もっと魅力的な鵜飼観覧に

この日の講座を終え、神山さんは「みんな頑張ってくれていました。いい機会をつくってもらっているので、技術の向上につなげたいですね」と語っていました。

後日、夕方に長良川プロムナードを歩いていると、お客様のいない観覧船が、右岸から左岸へと越し切りをしているのを目にしました。どうやら、ホテルの近くから乗船するお客様を待つ間に越し切りの練習をしていたようです。観覧船船頭の皆さんが、日頃から技術の向上に努めていることがよくわかる場面でした。

観覧船船頭の皆さんの技術が向上することは、より安全に、安心して鵜飼を見られるようになるだけではありません。鵜舟を見る前後にも、観覧船船頭の技や、若手船頭へと技術が継承される様子が見られるなら、鵜飼観覧の魅力、楽しみが増えることにもなります。

鵜飼観覧船に乗ったときには、船頭さんの技にも注目してみると、きっとより中身の濃い時間を体験できるはずです。

【文・写真 宮部遥(ライター)】

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