岐阜市(ぎふし)の紹介(しょうかい)

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Page Number 2000004  Updated on April 1, 2026

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岐阜市(ぎふし)には岐阜県(ぎふけん)の県庁(けんちょう)があります。市(し)の真(ま)ん中(なか)には長良川(ながらがわ)が流(なが)れていて、金華山(きんかざん)があります。岐阜市(ぎふし)には、自然(しぜん)がたくさんあります。

鵜(う)(鳥(とり))を使(つか)って鮎(あゆ)(魚(さかな))を取(と)る「ぎふ長良川(ながらがわ)の鵜飼(うかい)」は1300年(ねん)以上(いじょう)続(つづ)いています。
日本(にほん)の歴史(れきし)で大切(たいせつ)なものだと国(くに)が決(き)めた、国史跡(くにしせき)の「岐阜(ぎふ)城跡(じょうあと)」もあります。
岐阜市(ぎふし)は、歴史(れきし)のまちとして有名(ゆうめい)です。

戦国時代(せんごくじだい)(1467年(ねん)から1615年(ねん)ごろまで)に、岐阜(ぎふ)は政治(せいじ)の大事(だいじ)な場所(ばしょ)として有名(ゆうめい)になりました。
そのころ、岐阜(ぎふ)には、日本(にほん)でとても有名(ゆうめい)な斎藤道三(さいとうどうさん)や織田信長(おだのぶなが)がいました。

江戸時代(えどじだい)(1603年(ねん)から1868年(ねん)まで)には、岐阜町(ぎふまち)は尾張藩(おわりはん)の徳川家(とくがわけ)が治(おさ)めていました。
また、加納町(かのうちょう)は加納藩(かのうはん)の城下町(じょうかまち)<お城(しろ)の周(まわ)りにある町(まち)>で、宿場町(しゅくばまち)<いろいろなお店(みせ)があり、旅(たび)をする人(ひと)が集(あつ)まる場所(ばしょ)>として、大(おお)きくなりました。

市章(ししょう)(1909年(ねん)8月(がつ)27日(にち)に決(き)まりました)

昔(むかし)、岐阜市(ぎふし)は「井口(いのくち)」と呼(よ)ばれていました。織田信長(おだのぶなが)が「岐阜(ぎふ)」という名前(なまえ)をつけました。
井口(いのくち)の「井(い)」という漢字(かんじ)を、市章(ししょう)<市(し)のマーク>にしました。

岐阜市の市章

市(し)の木(き)・市(し)の花(はな)(1972年(ねん)10月(がつ)22日(にち)に決(き)まりました)

写真:つぶらじい

市(し)の木(き):つぶらじい


写真:サルビア

市(し)の花(はな):サルビア

岐阜市(ぎふし)について

  • 場所(ばしょ)
    東経(とうけい)136°45′ 北緯(ほくい)35°25’
    海抜(かいばつ)14.3m
  • 大(おお)きさ 203.60平方(へいほう)キロメートル
  • 世帯数(せたいすう)<一緒(いっしょ)に住(す)んでいる家族(かぞく)>
    190,336世帯(せたい)
  • 総人口(そうじんこう)<住(す)んでいる人(ひと)>
    397,364人(にん) (うち 外国人(がいこくじん) 13,133人(にん))
    男性(だんせい) 189,745人(にん) (うち 外国人(がいこくじん) 5,855人(にん))
    女性(じょせい) 207,619人(にん) (うち 外国人(がいこくじん) 7,278人(にん))
    (2026年(ねん)1月(がつ)1日(ついたち)現在(げんざい))

金華山(きんかざん)

岐阜市(ぎふし)の真(ま)ん中(なか)にある山(やま)です。高(たか)さは329メートルです。
金華山(きんかざん)の上(うえ)には岐阜城(ぎふじょう)があります。金華山(きんかざん)は、岐阜(ぎふ)を代表(だいひょう)するものの一(ひと)つです。

いろいろな木(き)や花(はな)が700種類(しゅるい)よりたくさんあります。
いろいろな動物(どうぶつ)がいます。
春(はる)は「つぶらじい」(市(し)の木(き))で山(やま)が金色(きんいろ)になります。

山(やま)の上(うえ)へ行(い)くときは、金華山(きんかざん)ロープウェイに乗(の)ります。歩(ある)いて登(のぼ)ることもできます。
山(やま)の上(うえ)にはリス村(むら)(リスのいる公園(こうえん))があります。ここでは、リスに食(た)べ物(もの)をあげることができます。

ぎふ長良川(ながらがわ)の鵜飼(うかい)

鵜飼(うかい)は、毎年(まいとし)5月(がつ)11日(にち)から10月(がつ)15日(にち)まで、毎晩(まいばん)やっています。
9月(がつ)または10月(がつ)の満月(まんげつ)の日(ひ)は、どれか1日(にち)が休みです。
川(かわ)の水(みず)が多(おお)いときは休(やす)みです。

鵜飼(うかい)は、1300年(ねん)以上(いじょう)続(つづ)いています。
松尾芭蕉(まつおばしょう)やチャールズ・チャップリンなど、鵜飼(うかい)が好(す)きな文化人(ぶんかじん)がたくさんいました。

鵜飼(うかい)は、6人(にん)の宮内庁(くないちょう)式部(しきぶ)職(しょく)鵜匠(うしょう)(国(くに)で働(はたら)く人(ひと))が行(おこな)います。
鵜匠(うしょう)は、風折烏帽子(かざおりえぼし)(ぼうし)などの特別(とくべつ)な服(ふく)を着(き)ます。

暗(くら)い夜(よる)に、篝火(かがりび)<明(あか)るくするために木(き)に火(ひ)をつけたもの>をつけた舟(ふね)に乗(の)って、鵜匠(うしょう)が鵜(う)に「ほうほう」と声(こえ)をかけながら、鵜(う)を使(つか)って鮎(あゆ)をつかまえます。
川(かわ)の上(うえ)から下(した)へ流(なが)れながら行(おこな)う「狩(か)り下(くだ)り」と、6つの船(ふね)が一緒(いっしょ)に行(おこな)う「総(そう)がらみ」があります。
その様子(ようす)は、とても美(うつく)しいです。