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(2009年6月2日更新)

織田信長公居館跡発掘調査

 岐阜公園は織田信長公が館を構えた地として知られています。いまから約440年前、信長公は美濃を治めていた斎藤道三の孫、龍興(たつおき)を追放し、みずからの本拠をこの地に移したのでした。それから2年後の永禄12(1569)年、岐阜を訪れたポルトガルの宣教師ルイス・フロイスは、その記録の中で信長公の館を「宮殿」と称し、華麗な内部の様子を紹介しています。信長公居館跡の入口部分は発掘調査の結果復元整備され、現在見学することができますが、館の姿や配置など居館の多くの部分はまだ謎のままです。

 岐阜市では、信長公居館跡の建物位置や構造を調べる発掘調査を開始しました。発掘調査は一般公開とし、来園者のみなさんに見学していただけるようにします。また公園北側に設けた発掘調査案内所(旧土産店「信長楽市」)やホームページ等で調査成果を紹介するなど、随時情報発信してまいります。

 

現在、ブログにて調査の進捗状況をお知らせしています。http://nobunaga-kyokan.jp

 

更新情報

平成21年度の発掘調査が始まりました。(⇒平成21年5月記者発表

 

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