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勅使川原 郁恵選手 トリノオリンピック 出場記念対談

平成18年1月5日

市長室

 

細江市長の元気対談

ゲスト:勅使川原 郁恵 選手
勅使川原 透(父)

 

【市長】

この度はトリノオリンピックご出場決定おめでとうございます。

 

【勅使川原 郁恵選手】

ありがとうございます。

 

【市長】

どうですか、自信の程は。

 

【勅使川原 郁恵選手】

もう迷っている暇は無いので、自信を持って臨みたいと思っています。

 

【市長】

そうですね。この間、高橋尚子さんが大変な偉業を遂げられましたし、また西武ライオンズの和田一浩選手も大活躍されていますから、岐阜市はやっぱりまずスポーツから元気になって、岐阜市民を元気にしていただきたいと思います。ぜひ良い成績で、頑張っていただきたいと思います。
ご家族は岐阜におられるのですか。

 

【勅使川原 郁恵選手】

父と母がおります。

 

【市長】

お父さんは応援に行かれるのですか。

 

【勅使川原 透さん】

2月17日に出発して、1500mとリレーの決勝を妻と一緒に見に行きます。

 

【市長】

お父さんかお母さんがスケートをやっておられたのですか。

 

【勅使川原 透さん】

少しかじっていた程度ですがやっていました。

 

【市長】

スケートとの相性が良かったのですか。

 

【勅使川原 透さん】

妻が陸上をやっていまして、多分妻の才能をもらったのだと思います。

 

【市長】

郁恵さんは何人姉妹ですか。

 

【勅使川原 郁恵選手】

三姉妹の一番下です。

 

【市長】

お姉さんたちは何かスポーツをやられていたのですか。

 

【勅使川原 透さん】

3人ともスケートをやっていました。3人ともショートトラックに転向したのですが、郁恵がショートトラックに転向したのが小学校5年生のときで、一番良いタイミングでショートトラックに転向したと思います。その後メキメキと速くなって、中学2年生のときに全日本チャンピオンになって驚きました。

 

【市長】

競技を始めて3年目でチャンピオンとはすごいですね。
スケートをやられる方は、夏場には自転車に乗る方も多いそうですが。

 

【勅使川原 郁恵選手】

私は自転車に乗ったりもしますし、ウエイトトレーニングや、ランニング、水泳などいろいろなことをします。

 

【市長】

ランニングは岐阜市内ですることもあるのですか。

 

【勅使川原 郁恵選手】

中学校までは岐阜にいましたので、よく長良川河畔を走りました。

 

【市長】

去年の年末に、高橋尚子さんが東京国際女子マラソンを終わって、12月の終わりだったか、私の知人が芥見を散歩していると、高橋尚子さんが一人で走っていたそうですよ。
たまには実家へ帰ったときに、近所を走ってあげるとみんなに喜ばれると思いますよ。

 

【勅使川原 郁恵選手】

そうですね。走ることは好きなので、朝早く起きて走ったりします。

 

【市長】

私も長距離を時間かけて走るのが好きで、週に2回、朝約10キロを仲間と一緒に走っています。

 

【勅使川原 郁恵選手】

そうですか、すごいですね、負けそうです。

 

【市長】

そんなことはないだろうけれどね。(笑)

トリノへ向けては、いつ頃ご出発ですか。

 

【勅使川原 郁恵選手】

トリノへはもうすぐですね。合宿の続きで行ってしまうので、中旬にはイタリア入りします。

 

【市長】

良い成績だといいですね。

スキーのジャンプなんかだと、道具の板などが影響すると聞きますが、スケートだと靴とかは。

 

【勅使川原 郁恵選手】

すごく影響します。もう0.00何ミリずれただけでだめです。

 

【市長】

それでは、専属で誰かが専用のスケート靴をお作りになっているということですか。

 

【勅使川原 郁恵選手】

いえ、管理は自分です。ほとんど自分で砥いでいますね。

 

【市長】

自分で砥ぐのですか。きっと手が切れるくらいまで砥ぐのでしょ。

 

【勅使川原 郁恵選手】

切れます、いろいろなところが切れますよ。レース中や大会中もリンクの横で砥いでいます。

 

【市長】

代わりに砥いでくれる人はいないの。

 

【勅使川原 郁恵選手】

自分で様子を見てやった方が微妙な変化がわかるのです。

 

【市長】

長さとかは決まっているのですか。

 

【勅使川原 郁恵選手】

長さは決まっていませんので、自分に適した長さです。靴も足型に合わせて作るので自分専用じゃないと履けないのです。

 

【市長】

ということは、道具には制限がないということですね。

 

【勅使川原 郁恵選手】

接近して転ぶときもあり、本当に人を傷つけてしまうこともあるので、それを防ぐためにエッジ以外の部分は角を丸くしています。

(傷跡が)もうあまりわからなくなっていますけれど、目尻に刺さったことがあります。前の選手が足を上げてころんで、それが刺さったのですが 、幸い入院はしませんでした。その場ですぐに病院へ行き、縫って、すぐに帰りましたけれど。

 

【市長】

日本でですか。

 

【勅使川原 郁恵選手】

いえ、アメリカでした。ソルトレークで開催されたオリンピックの前の年でした。
最初に病院で、「縫うのであれば、きれいに縫ってくださいね」と言いました。するとドクターが、「僕よりもっと腕の良い医者を連れてくるから」と言って、病院の一番トップの方を連れてきてくれたのです。

 

【市長】

すごいですね。大事なところですからね。

 

【勅使川原 郁恵選手】

それだけは自分でも覚えています。パニックでしたが、それだけは冷静に言っていましたから。

 

【市長】

英語でおっしゃったのですか。

 

【勅使川原 郁恵選手】

ちょうど通訳さんもついて来てくれたので。でも私も必死に伝えていましたけれど。

 

【市長】

そうですか。トリノへは初めてですか。もう行ったことがあるのですか。

 

【勅使川原 郁恵選手】

全日本選手権が12月18日、19日にありまして、その2日後にはトリノへ向かい、オリンピック会場で練習をしてきました。ですから、もう感触や、会場の雰囲気なども確認することができました。とても自分に合っているリンクでした。

 

【市長】

西武の和田一浩選手が野球で活躍をして、高橋尚子さんがマラソンで優勝し、競輪の加藤慎平選手が12月30日のグランプリという競輪の最大の試合で優勝と今3拍子で、トントントンときていますから、今は土地の利があると思いますね。

 

【勅使川原 郁恵選手】

トントントントーンと行きたいですね。

 

【市長】

ぜひ頑張ってください。なんか最近の若いフィギュアスケート選手たちの話を聞いていると、「楽しみます」、「あまり気負いません」と言って、みんな良い成績を出しているので、そこが今のキーワードですね。もう技術的には究極のところまで到達しているわけですから、ぜひ頑張ってください。また良い成績をご報告くださいね。わざわざありがとうございました、ご健闘をお祈りします。

 

【勅使川原 郁恵選手】

ありがとうございました。

 

勅使川原 郁恵選手トリノオリンピックショートトラック・スケート出場記念対談

1月5日 市長室にて

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