沿革

沿革
(2017年8月25日更新)
沿革写真 本市の下水道は、昭和9年7月に、当時では画期的な汚水と雨水を分けて処理する分流式下水道を日本で最初に採用し、旧市街地490haを対象として着工しました。昭和12年7月には下水処理場(現中部プラント)が処理を開始し、当時の東京市、名古屋市、京都市、豊橋市に次ぐ国内5番目の下水処理場を有する都市となりました。その後、昭和18年3月までに約300万円を投じ、中部処理区が完成しました。


 昭和20年には戦災により大きな被害を受けましたが、戦災復興事業として昭和26年までに復旧を完了し、翌昭和27年からは一部区域の拡大を図り、昭和38年までに計741haの整備が完了しました。

 これと前後し、昭和37年には、戦後特に住居地区・文教地区として著しく発展していた長良川以北の地域を対象とした北部処理区の整備事業に着工し、北部プラントが昭和41年7月に一次処理、昭和43年5月に二次処理を開始しました。
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 また、県庁を中心に急速に市街化しつつあった南部地域を対象とした南部処理区は、昭和45年に整備事業に着工し、南部プラントが昭和48年6月に処理を開始しました。

 平成10年には、北西部地域を対象とした北西部処理区の整備事業に着工し、平成14年12月に木田・七郷・合渡地区の一部を供用開始し、北西部プラントが平成16年2月に処理を開始しました。

沿革写真 流域関連公共下水道では、昭和59年に旧市街地に隣接し市街化の進んでいた長森・日野地区を東部第1処理分区および東部第2処理分区、平成元年には宅地開発等が進んでいた芥見・岩地区を芥見処理分区、平成7年には前年に市街化区域へ編入された南西部地区を日置江処理分区、さらに平成19年には、住宅団地や住居系の地域がある藍川・三輪地区を北東部処理分区として順次着工し、平成3年4月に東部第1・東部第2処理分区、平成4年3月に芥見処理分区、平成9年3月に日置江処理分区、平成23年3月に北東部処理分区の供用を開始しました。また、平成18年1月には羽島郡柳津町との合併に伴い、平成7年4月より順次供用を開始していた柳津東、柳津西、佐波、高桑の4処理分区が編入されました。

 また、3県1市(愛知県・岐阜県・三重県・名古屋市)が策定した伊勢湾特定水域高度処理基本計画並びに岐阜県が策定した木曽川及び長良川流域別下水道整備総合計画を受け、中部・北部・南部・北西部プラントで高度処理を導入しています。


概要写真 下水汚泥の資源化・エネルギーの有効利用は、昭和17年のメタンガス利用(現在廃止)から始まり、平成6年には汚泥焼却灰から製造した焼成れんがの販売を開始(現在は製造を終了し、販売は継続しています)、また平成21年から汚泥焼却灰から希少資源である「りん」を回収する施設の建設に着手、平成21年度末に完成しました。


 このほか、市街地の浸水被害を解消するため、雨水事業により市内各排水区において雨水渠の整備を進めており、中部排水区では昭和57年4月に最初の雨水貯留槽(伊奈波貯留槽)、平成26年11月に梶川町貯留槽が稼働を開始、また、北部排水区では平成16年から雄総排水ポンプ場に着工し、平成19年度末に完成しました。


問い合わせ先 上下水道事業部 上下水道事業政策課 施設計画係 TEL 058-259-7512